ベゾスは「つまらない人と付きあう暇なんて無い」って言うけど

ここまで言い切るのはなかなか難しいのだけど、とてもわかる。こないだも「行きたくもない飲みに行くのは苦痛」といった会話を誰かとした気がする。

思い返してみると、子供の頃、小中学生くらいの頃、放課後友達と遊びに行っても、つまらないなぁと感じたら「僕、帰るね」って途中で家によく帰っていた。「このままあと数時間いてもきっとつまらないままだ」と感じたんだろうね。

しかし大人になるとこれがなかなかできない。それでも僕は他の社会人よりも「断る」という選択をしてる方だとは思うけど、子供の頃よりも思い切りはない。大人だから。

でもベゾスが言うように残された人生は短いし、自分にとって「すべきこと」に時間を集中的に使っていきたいものです。

「モチベーションが無い」というのはよくないことっぽい

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「仕事をする上でのモチベーションは何ですか?」
「ブログを続けるモチベーションは何ですか?」
 
こんな質問をよく受ける。でも毎回「モチベーションなんて無いです」って答えている。仕事をすることは当然であり、そこに何らかの動機やその先の報酬などをあまり考えていなし、ブログは書きたくなったら書いてるだけで「続けるぞ」という意識はあまりない。
 
そもそも「モチベーション」という言葉の意味はどんななのだろう。調べてみたら「人が何かをする際の動機づけや目的意識。」とのこと。なるほど。モチベーションが無いというのは行動に対して目的意識が無いとも言えるかもしれない。もっとモチベーションを意識して行動していかなきゃ。
 
仕事は「組織、関わった人の成功と自分の成長」、ブログは「界隈でスーッと流れてしまってる話題を図解してわかりやすく記す」というのをモチベーションにやっていこう。
 
「モチベーションを上げる」作業というのは「がんばろうがんばろう」「対価がもらえるからやろう」ではなく「こういう目的があり、その目的をクリアしたらこんな良いことがあるから、その実現に向けてがんばろう」というものだと理解した。

 

奥さん曰く「人はあなたが思っている以上にモチベーションを必要としている」

 

photo credit: hip via photopin (license)

輪郭

「人の振り見て我が振り直せ」という言葉があるが、僕の半生、これをずっと続けてきた感ある。他人の行動や言動で嫌なことに注目し「僕はそれをしないようにしよう」と。そうやって生きてきたように思う。それによって自分の価値観や行動などが精査されていくので、全面的に悪いわけではないと思うんだけど、積み上げ式の行為なので、最終的にどういう風になるのかをあまりイメージできない。やっぱり「最終的にこういう風になりたい」「こうなれば成功」という具体的なイメージを持ち、そこから逆算で生きていかないといけないような気がしてる。最近特にそこを問題と考えてる。会社のミッションを決めるにあたって、まずはトップが考える「あるべき姿」や「こういう風な会社にしたい」などをランダムに上げていき、そこからミッションをまとめていくという方法があるが、自分の人生においてもそういう作業が大事であり、必要な気がしてきた。そんな40歳のゴールデンウィーク。今日は奥さんとザリガニ釣り→カラオケ→鳥貴族に行った。